昨年は,労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)等の一部を改正する法案が成立して5月に公布され,パワハラの防止措置を講じることが企業に義務づけられることとなりました。昨今,いわゆるパワハラ,セクハラ,マタハラなどのハラスメントへの関心が高まり,法律相談の場でも頻繁にご質問いただくようになっています。そこで今回はパワハラについて触れたいと思います。

さて,パワハラに関するクイズです。
次のうち,パワハラに当たる可能性がない行為はどれでしょうか。

A.上司から部下に対する行為
B.部下から上司に対する行為
C.同僚から他の同僚に対する行為
D.どれでもない(A~Cいずれもパワハラに当たる可能性がある)

正解は,D.どれでもない。つまり「A~Cのいずれもパワハラに当たる可能性がある」です。皆様,正解されましたでしょうか。「目上」の立場の人から「目下」の立場の人に対して行われるものだという誤解をされている方も時々いらっしゃるように思われますが,部下のように「目下」の立場の者の言動であっても,部下の方が上司より専門知識を有している,あるいは部下が集団で行動することなどにより,「目上」の者の抵抗を困難とし,「目上」の者に対するパワハラと捉えられる場合があるため,注意が必要です。

 

【パワハラの定義】

厚生労働省は,平成24年3月の「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」において,職場のパワーハラスメントについて,「同じ職場で働く者に対して,職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義しており,これにより,パワーハラスメントとは,上司から部下に対するものに限られず,職務上の地位や人間関係などの「職場内での優位性」を背景にする行為であることが明らかにされました。

そして,昨年成立した法案においても,①優越的な関係を背景としている(優位性),②業務上必要かつ相当な範囲を超えている,③就業環境を害するという3つの要素が挙げられており,上記提言と実質的に同じ内容の定義規定が設けられています。

この定義から分かるとおり,パワハラに該当するか否かは,①優位性が認められるか,また,②業務上の必要かつ相当な範囲(業務の適正な範囲)を超えているか,といった,その業務や立場,人間関係に応じた個別具体的な判断が必要になりますので,職場や人によって結論が異なることもあり得ます。

 

【パワハラに該当するか否かの判断基準】

厚生労働省は,パワハラに該当するか否かの判断基準となり得る具体例を発表しました(「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」)。その内容は各メディアで報道されているところであり,批判も多くありますが,具体的には以下のとおりです。

身体的な攻撃(暴行・傷害)

該当すると考えられる例:

① 殴打、足蹴りを行うこと。② 相手に物を投げつけること。

該当しないと考えられる例:

① 誤ってぶつかること。

精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)

該当すると考えられる例:

① 人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む。

② 業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと。

③ 他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと。

④ 相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信すること。

該当しないと考えられる例:

① 遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して一定程度強く注意をすること。

② その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して、一定程度強く注意をすること。

人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)

該当すると考えられる例:

① 自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりすること。

② 一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること。

該当しないと考えられる例:

① 新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に別室で研修等の教育を実施すること。

② 懲戒規定に基づき処分を受けた労働者に対し、通常の業務に復帰させるために、その前に、一時的に別室で必要な研修を受けさせること。

過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)

該当すると考えられる例:

① 長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずること。

② 新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。

③ 労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること。

該当しないと考えられる例:

① 労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること。

② 業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること。

過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)

該当すると考えられる例:

① 管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること。

② 気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと。

該当しないと考えられる例:

① 労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減すること。

個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)

該当すると考えられる例:

① 労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること。

② 労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。

該当しないと考えられる例:

① 労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒアリングを行うこと。

② 労働者の了解を得て、当該労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促すこと。

厚生労働省が発表した例はあくまで一例であり,一見してこれらに該当するかどうかわからないケースは多々ある(むしろその方が多い)かと思われます。

 

【会社に義務づけられるパワハラ防止措置】

今回の法律自体は,大企業に対しては2020年6月に施行され,中小企業に対しては2022年まで期間猶予の経過措置が執られているとはいえ,パワハラの概念の周知徹底等の社内教育・制度の整備には時間を要しますから,会社側の対応も急務です。現在の取り組みに問題が無いかどうか,ぜひ検証していただけたらと思います。

今回の法令で会社に求められるパワハラ防止のための措置は,

□ パワハラの禁止と加害者の懲戒規定の作成等
□ 相談窓口(社内・社外)の設置
□ ハラスメントに関する教育・研修の実施等
□ プライバシー保護

の大きく分けて4つです。

個別具体的な事例に関するご相談はもちろん,

・懲戒規定を整備したい
・社外の相談窓口を設けたい
・研修の依頼をしたい

といったご相談や,自分の勤めている会社が十分な措置を講じていないので会社に意見を言いたい,といったご相談も承ることができますので,お気軽にご相談ください。

なお,パワハラに関しては厚生労働省のウェブサイト等にも詳しく掲載されておりますので,興味関心のある方はぜひご参照ください(※1,※2)。

※1 あかるい職場応援団
https://no-pawahara.mhlw.go.jp/